あなたの会社には、複数の製品やサービスがあるかもしれません。 あるいは、主力商品だけでなく、新しい事業を始めようと考えている場合もあるでしょう。 そんな時、「どの製品に、どれくらいの時間やお金をかけるべきか」「この新しい事業は成功するだろうか」といった悩みが生まれるはずです。
限られた経営資源を持つ中小企業にとって、この「選択と集中」は非常に重要です。 そこで役立つのが、ボストン・コンサルティング・グループが提唱した「PPMマトリクス(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)」という、古典的でありながら今もなお有効なフレームワークです。
PPMマトリクスは、自社の製品やサービスを4つのカテゴリーに分類し、それぞれの事業にどのような戦略を取るべきかを考えるための「地図」のようなものです。 この地図を使うことで、あなたの会社の未来をより明確に描き、賢い経営判断を下すためのヒントが得られるでしょう。
第1章:PPMマトリクスとは何か?4つのタイプに分類する「魔法の箱」
PPMマトリクスは、以下の2つの軸で、自社の製品やサービスを分類します。
- 市場成長率:その製品やサービスが属する市場が、今後どれくらい成長する見込みがあるか(高いか低いか)。
- 相対的市場シェア:競合他社と比較して、自社の製品やサービスがどれくらいの市場シェア(市場における占有率)を持っているか(高いか低いか)。
この2つの軸を使って、製品やサービスを以下の4つのタイプに分類します。
それぞれのタイプを、架空の会社「地域密着型ITサービス会社A社」の例を交えながら見ていきましょう。A社は、主に中小企業向けのITサービスを提供しています。
1-1. 花形(Star):輝く未来の主役
特徴:市場成長率が「高い」かつ、相対的市場シェアが「高い」製品やサービスです。 まさに会社の「花形」であり、今後の成長を牽引する期待の星です。 多くの収益を生み出しますが、成長市場での競争が激しいため、さらなる成長のために多額の投資が必要になることが多いです。
A社の例:「AIを活用した業務自動化システム導入サービス」
中小企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進が加速しており、AI導入のニーズは非常に高い(市場成長率が高い)。A社はこれまでもAI関連の実績が多く、この分野では地域でトップクラスのシェアを持っている(相対的市場シェアが高い)。
戦略: さらなる成長のための積極的な投資を行います。人材の増強、技術開発、広告宣伝、顧客サポートの強化など、市場の成長スピードに合わせて投資を続け、シェアを維持・拡大することを目指します。 将来的に「金のなる木」に育てることを目標とします。
1-2. 金のなる木(Cash Cow):安定した収入源
特徴:市場成長率が「低い」が、相対的市場シェアが「高い」製品やサービスです。 すでに成熟した市場で高いシェアを確立しているため、多額の投資を必要とせず、安定的に大きな収益(キャッシュ)を生み出します。 まさに会社にとっての「金のなる木」であり、この収益が他の事業(特に「問題児」や「花形」)への投資の原資となります。
A社の例:「既存の中小企業向けサーバー保守・運用サービス」
長年の実績があり、地域の中小企業の多くがA社のサービスを利用している(相対的市場シェアが高い)。しかし、サーバー保守市場自体は、クラウド化が進む中で成長率が鈍化している(市場成長率が低い)。
戦略: 維持・収穫戦略を取ります。新規投資は最小限に抑え、既存顧客の維持に力を入れ、安定した収益を最大限に確保します。そこで得られた収益は、新たな「花形」や「問題児」事業への投資に回します。 過度な投資はせず、効率的な運用を心がけます。
1-3. 問題児(Question Mark / Problem Child):将来性を見極める
特徴:市場成長率が「高い」が、相対的市場シェアが「低い」製品やサービスです。 将来的な成長の可能性は秘めているものの、現時点ではまだ市場での存在感が薄く、収益も安定していません。 多額の投資が必要になることが多く、将来的に「花形」に育つか、「負け犬」になるか、その行方は「問題児」のように不確実です。
A社の例:「中小企業向けセキュリティ診断サービス」
サイバー攻撃の増加により、セキュリティ対策のニーズは高まっている(市場成長率が高い)。しかし、A社はこの分野では参入したばかりで、まだ知名度が低く、競合も多いためシェアが低い(相対的市場シェアが低い)。
戦略: 見極め戦略を取ります。この事業に「投資して花形に育てる」か、あるいは「撤退する」かの判断が必要です。 限られた期間で集中的に投資を行い、市場でのポジショニングを確立できるか、収益性を改善できるかを見極めます。 もし見込みがないと判断すれば、早めに撤退することも視野に入れます。
1-4. 負け犬(Dog):撤退を検討する
特徴:市場成長率が「低い」かつ、相対的市場シェアが「低い」製品やサービスです。 文字通り「負け犬」であり、市場に成長性もなく、自社のシェアも低いため、今後大きな収益を期待するのは難しいと考えられます。 会社の資源を食いつぶしている可能性が高く、この事業に投資を続けるのは非効率的です。
A社の例:「旧式のオンプレミス型サーバーの保守・運用サービス」
クラウド化の進展により、オンプレミス型サーバーの新規導入は激減し、市場は縮小している(市場成長率が低い)。A社もこの分野での顧客数は減っており、もはや競争力はない(相対的市場シェアが低い)。
戦略: 撤退戦略を検討します。この事業から速やかに撤退し、そこで使っていた経営資源(人、お金、時間)を、他の「花形」や「問題児」事業に振り向けます。 ただし、既存顧客への影響や、会社全体のイメージへの影響も考慮し、慎重に計画を立てて実行します。
第2章:中小企業におけるPPMマトリクスの活用法
大企業のように複雑なポートフォリオを持つことは少ない中小企業ですが、PPMマトリクスはよりシンプルかつ効果的に活用できます。
2-1. あなたの製品・サービスをPPMマトリクスに当てはめてみよう
まずは、あなたの会社が提供している全ての製品やサービスをリストアップし、それぞれの「市場成長率」と「相対的市場シェア」を考えてみましょう。
- 市場成長率:
- その製品・サービスが属する業界全体が、今後伸びていくか、横ばいか、縮小していくか。
- 業界のトレンド、顧客ニーズの変化、競合の動きなどを参考に客観的に判断します。
- インターネットで「〇〇業界 市場規模」「〇〇ニーズ トレンド」などで検索すると、情報が見つかることもあります。
- 相対的市場シェア:
- あなたの会社の製品・サービスが、地域やニッチな市場の中で、競合と比較してどれくらいの「存在感」があるか。
- 「うちが一番得意だ」「このお客様層には負けない」といった、感覚的なものでも構いません。
- 正確な数値が出せない場合は、「高い」「低い」で判断するだけでも十分です。
一枚の紙に十字の線を引き、それぞれの軸に「市場成長率」と「相対的市場シェア」を割り当て、あなたの製品・サービスをプロットしてみましょう。
2-2. 分類に基づいた「選択と集中」
PPMマトリクスに分類したら、それぞれのタイプに応じた戦略を考え、限られた経営資源をどこに集中させるかを決めます。
- 花形:最優先で投資すべき領域です。ここで得た成功体験を、他の事業にも活かしましょう。
- 金のなる木:安定した収益源として大切に維持します。ただし、将来的に成長が見込めないため、ここで得た収益を「花形」や「問題児」に回し、新たな柱を育てる意識が重要です。
- 問題児:最も悩ましいカテゴリーかもしれません。将来の成長可能性を信じて集中的に投資し「花形」を目指すのか、それとも見切りをつけて撤退するのか、勇気ある判断が求められます。期限を決めて、集中的な取り組みを行い、効果を測定することが大切です。
- 負け犬:原則として撤退を検討します。感情的にならず、事業の継続が会社の「足かせ」になっていないかを冷静に判断しましょう。撤退することで、他の成長事業に資源を集中できるようになります。
2-3. 中小企業におけるPPM活用のポイント
PPMマトリクスはシンプルですが、効果的に活用するにはいくつかポイントがあります。
- 「ニッチ市場」でのシェアを重視する:大企業と比べ、中小企業は特定の地域や特定の顧客層、あるいは特定のニーズに特化した「ニッチ市場」で強みを発揮することが多いです。PPMの「相対的市場シェア」を考える際には、この「ニッチ市場」におけるシェアを重視して判断しましょう。例えば、「全国でのシェアは低いが、〇〇市内の〇〇という業種のお客様には圧倒的なシェアを持っている」という場合、そのニッチ市場では「金のなる木」や「花形」とみなせるかもしれません。
- 「市場成長率」は未来を見据えて:過去のデータだけでなく、これからの市場の変化、顧客ニーズの変化を予測して判断することが重要です。例えば、今は小さい市場でも、SNSやメディアで注目が集まり、急成長する可能性がある分野は「市場成長率が高い」と判断できるかもしれません。
- 柔軟に考える:PPMマトリクスはあくまでフレームワークであり、絶対的なものではありません。会社の状況や外部環境は常に変化するため、定期的に見直し、分類や戦略を柔軟に調整することが大切です。
- 感情に流されない:長年続けてきた事業や、思い入れのある製品が「負け犬」に分類されてしまうこともあるかもしれません。しかし、感情に流されず、会社の未来のために客観的に判断する勇気も必要です。
まとめ:PPMマトリクスであなたの会社の未来をデザインする
PPMマトリクスは、あなたの会社の製品やサービスを客観的に評価し、経営資源をどこに配分すべきかを考えるための強力なツールです。 複雑な経営判断も、このフレームワークを使うことで、シンプルに、そして分かりやすく整理することができます。
中小企業だからこそ、限られた時間、お金、人材を、最も効果的な場所に集中させる必要があります。 あなたの会社の「金のなる木」を大切に育て、そこから得られた収益で、未来の「花形」を育成し、そして「問題児」を見極め、時には「負け犬」との別れを決断する。
このPPMマトリクスという「地図」を使って、あなたの会社の製品ポートフォリオをデザインし、持続的な成長を実現していきましょう。 今日から、あなたの会社の製品・サービスを改めて見つめ直し、この「魔法の箱」に分類してみませんか。