ChatGPTが登場して以来、毎日のようにAIの新しいニュースが舞い込んできます。「AIがコンテンツを自動生成」「AIが顧客対応を完全自動化」「AIがマーケティング戦略を提案」──まるで人間の仕事がすべてAIに取って代わられるかのような錯覚に陥ります。
しかし、私がこれまで多くの地方企業のWeb戦略をお手伝いしてきた経験から断言できるのは、AIがどれだけ進化しても、人間の「心」を動かすマーケティングの本質は変わらないということです。特に、大企業のような潤沢な資金を持たない地方企業にとって、この「人間の思考力」こそが最強の武器になります。
【実体験】地方ナンバーワン企業との出会いが教えてくれたこと
数年前、私はある地方企業のWeb戦略をお手伝いする機会がありました。その企業は、その地域では「知らない人がいない」ほど有名で、まさに地方ナンバーワンの存在でした。
最初は「有名な企業だから、きっと立派なWebサイトがあるのだろう」と思っていました。しかし実際に見てみると、Webサイトは10年以上更新されておらず、SEO対策も全くされていない状態でした。それでも、その企業の売上は順調に伸び続けていました。
なぜこんなことが可能だったのか?答えは明確でした。その企業は、地域の人々の心の中に「○○といえばあの会社」という揺るぎないポジションを築いていたからです。Webサイトが古くても、SEO対策ができていなくても、顧客は迷わずその企業を選んでいました。
この経験が、私に『ポジショニング戦略』の真の価値を教えてくれました。
今回ご紹介する『ポジショニング戦略』は、1981年に出版されたマーケティングの古典です。半世紀近く前に書かれた本が、なぜAI時代の地方企業に役立つのでしょうか。それは、テクノロジーがどんなに進化しても、人間の「認識」や「記憶」の仕組みは変わらないからです。
この記事では、私自身の体験談を交えながら、『ポジショニング戦略』の核心を解き明かし、それを地方企業のWeb戦略にどう活かすかを具体的に解説していきます。AIに頼り切るのではなく、AIを賢く使いこなすための「人間の思考力」を一緒に磨いていきましょう。
目次
『ポジショニング戦略』の核心 〜顧客の心の中で「一番」になる方法
『ポジショニング戦略』の著者、アル・ライズとジャック・トラウトが伝えたかったメッセージは至ってシンプルです。それは、顧客の心の中に独自のポジションを築き、「一番」の存在として記憶されることの重要性です。
私たちの日常を思い返してみてください。コンビニで飲み物を買うとき、あなたはどのブランドを選びますか?コカ・コーラ、ペプシ、ポカリスエット、アクエリアス──おそらく聞いたことのあるブランドを選ぶはずです。なぜなら、これらのブランドがあなたの心の中に「コーラ」「スポーツドリンク」といった明確なカテゴリーで記憶されているからです。
逆に、まったく知らないブランドの飲み物があったとして、それをあえて選ぶでしょうか?ほとんどの人は選びません。これが、顧客の心の中で「一番」になることの威力です。
【実体験】地方ナンバーワン企業の「心のポジション」
私がお手伝いした地方企業の事例を振り返ると、その強さの秘密がよく分かります。その企業は創業50年を超える老舗で、地域の人々にとって「困ったときはあの会社に相談する」という存在でした。
興味深いのは、その企業の社長さんとの会話です。「なぜ競合他社に勝てるのですか?」と質問したところ、「価格が安いわけでも、サービスが特別優れているわけでもない。ただ、地域の人たちが『信頼できる会社』として私たちを覚えてくれているからだ」と答えてくれました。
まさに、顧客の心の中に「信頼できる○○会社といえばここ」というポジションを確立していたのです。この「心のポジション」こそが、その企業の最大の資産でした。
『ポジショニング戦略』では、顧客の心の中を「はしご」に例えています。例えば、「高級車」というはしごがあるとします。一番上の段にはメルセデス・ベンツ、その下にはBMW、さらにその下にはレクサスというように、ブランドが階層化されています。
重要なのは、このはしごは簡単には変わらないということです。新しいブランドが既存の強力なブランドを押しのけて上位に食い込むのは、膨大な時間とコストがかかります。だからこそ、すでに誰かが一番になっているカテゴリーで戦うのではなく、自分が一番になれる新しいカテゴリーを作り出すことが重要なのです。
なぜ地方企業にポジショニング戦略が必要なのか? 〜「規模」で勝負しない戦い方
大企業は莫大な広告予算を投入し、テレビCMや大型キャンペーンで一気に認知度を高めることができます。しかし、地方企業にそのような資金力はありません。同じ土俵で戦えば、間違いなく負けてしまいます。
しかし、ここに地方企業の大きなチャンスがあります。大企業が見落としている「ニッチな市場」や「特定の顧客層のニーズ」にフォーカスすることで、その分野では確実に「一番」になることができるのです。
【実体験】大企業が参入しない「すき間」を見つける
私がお手伝いした地方企業の成功要因を分析すると、彼らは意図的に「大企業が参入しにくい分野」を選んでいました。
その企業が扱っていたのは、非常に専門性の高い技術サービスでした。市場規模はそれほど大きくありませんが、高い専門知識と地域密着型のサポートが必要な分野でした。大企業にとっては「うま味が少ない」市場でしたが、地方企業にとっては十分すぎる売上を確保できる市場でした。
「大きな市場の小さなシェア」を狙うより、「小さな市場の大きなシェア」を狙う方が、地方企業にとってはるかに現実的で収益性の高い戦略だということを実感しました。
AI時代において、この「ニッチ戦略」の重要性はさらに高まっています。AIが普及することで、顧客のニーズはより細分化され、多様化しています。「万人受けする商品」は既に大企業が押さえていますが、「特定の人にとって完璧な商品」を求める声は日々高まっています。
地方企業が勝つための公式は明確です。「狭く深く」戦略で、特定の顧客層にとっての「唯一無二」の存在になること。これがAI時代を生き抜く地方企業の戦略なのです。
Web戦略への具体的応用法 〜3つのステップで「一番」を築く
では、『ポジショニング戦略』を地方企業のWeb戦略に具体的にどう活かせばよいのでしょうか。私の経験から導き出した3つのステップをご紹介します。
ステップ1:自社の「本当の強み」を発見する
多くの企業が勘違いしているのは、「強み」を表面的に捉えてしまうことです。「品質が良い」「価格が安い」「サービスが良い」──これらは強みではなく、単なる機能の説明に過ぎません。
本当の強みとは、「なぜ顧客があなたを選ぶのか」の根本的な理由です。
【実体験】社長さんも気づいていなかった「本当の強み」
私がお手伝いした地方企業の社長さんに「御社の強みは何ですか?」と聞いたところ、最初は「技術力が高い」「価格が安い」という答えが返ってきました。
しかし、実際にお客様にヒアリングしてみると、全く違う答えが返ってきました。「あの会社は、困ったときに必ず助けてくれる」「他社では断られた案件でも、真剣に取り組んでくれる」「長期的な付き合いを大切にしてくれる」──つまり、技術力や価格ではなく、「信頼性」と「地域密着性」が本当の強みだったのです。
この発見により、Web戦略の方向性が大きく変わりました。技術仕様を前面に出すのではなく、「地域の皆様と共に歩む、信頼のパートナー」というメッセージを中心に据えたのです。
自社の本当の強みを発見するための質問です。
- 既存顧客が他社ではなく自社を選ぶ理由は何か?
- 顧客が最も感謝してくれるのはどんなときか?
- 地域の特性や文化と自社の関わりは何か?
- 創業から現在までの歴史の中で、最も誇れることは何か?
- 社員が最もやりがいを感じるのはどんな仕事か?
ステップ2:「完璧な顧客」を具体的に描く
ポジショニング戦略で最も重要なのは、ターゲットの設定です。ここで陥りがちな罠は、「できるだけ多くの人に来てもらいたい」と考えることです。しかし、全員に好かれようとすると、結局誰の心にも刺さらないメッセージになってしまいます。
【実体験】「完璧な顧客」を見つけた瞬間
私がお手伝いした企業で、最初は「地域の中小企業全般」をターゲットにしていました。しかし、過去の成功事例を詳しく分析すると、特定のパターンが見えてきました。
最も満足度が高く、長期的な取引に発展したお客様は、「創業から10年以上経っており、次世代への事業継承を考えている製造業の経営者」でした。そして、その経営者たちは皆、「技術力は高いが、デジタル化に不安を感じている」という共通の課題を抱えていました。
この発見により、Webサイトのメッセージは「伝統的な製造業の次世代デジタル化を支援する専門パートナー」に絞り込まれました。結果、問い合わせの質が劇的に向上し、成約率も大幅に上昇しました。
「完璧な顧客」を描くためのフレームワークです。
- デモグラフィック情報: 年齢、性別、職業、収入、居住地域など
- サイコグラフィック情報: 価値観、ライフスタイル、興味、関心など
- 行動パターン: 情報収集方法、購買行動、使用しているメディアなど
- 課題・悩み: 何に困っているか、何を解決したいかなど
- 理想の未来: 課題が解決されたら、どんな状態になりたいか
ステップ3:Webサイトで「一番」を宣言する
ターゲットと自社の強みが明確になったら、それをWebサイトで力強く表現します。ここで重要なのは、訪問者が5秒以内に「この会社は自分のための会社だ」と感じられることです。
【実体験】「5秒ルール」の威力
私がWeb戦略をお手伝いする際、必ず実践するのが「5秒ルール」です。社員の方々に、リニューアル前後のWebサイトを5秒間だけ見てもらい、「どんな会社か」を説明してもらいます。
リニューアル前は「よくわからない」「いろいろやってる会社?」という反応が多かったのですが、ポジショニングを明確にしたリニューアル後は「○○専門の会社」「○○に困っている人のための会社」という明確な回答が返ってくるようになりました。
この変化は劇的で、問い合わせの内容も以前より具体的になり、初回面談での成約率も大幅に向上しました。
Webサイトで「一番」を印象づけるための要素です。
- 明確なキャッチコピー: 「○○なら、○○地域で一番の○○」のような具体的な表現
- ターゲットに刺さるビジュアル: ターゲット層が共感できる写真や色使い
- 信頼性の根拠: 実績、お客様の声、受賞歴、メディア掲載実績など
- 専門性の証明: 業界知識、技術力、経験値を示すコンテンツ
- 明確な行動喚起: 訪問者に何をしてほしいかを具体的に示す
AI時代の賢い活用法 〜人間の思考を拡張するツールとして
「人間の思考力で勝つ」と言っても、AIを使わないという意味ではありません。むしろ、AIを「思考の拡張ツール」として活用することで、ポジショニング戦略をより効果的に実行できます。
【実体験】AIと人間の思考の最適な役割分担
最近のプロジェクトでは、AIを積極的に活用してポジショニング戦略を構築しています。例えば、競合分析の際は、AIに大量のWebサイトを分析させて、競合他社のメッセージやキーワードを整理します。
しかし、そのデータを基に「自社がどこで勝負すべきか」を決めるのは、やはり人間の仕事です。AIは「事実」を教えてくれますが、「戦略」を決めるのは人間の判断力と創造力が必要です。
この役割分担を明確にすることで、AIの効率性と人間の創造性の両方を最大限に活かすことができています。
ポジショニング戦略におけるAIの活用場面です。
- 市場調査の効率化: 競合他社のWebサイト分析、業界トレンドの把握、キーワード調査など
- 顧客インサイトの発見: SNSの投稿分析、レビュー分析、顧客行動パターンの分析など
- コンテンツ制作の支援: ブログ記事の構成案、SNS投稿のアイデア、キャッチコピーの案出しなど
- SEO対策の最適化: 検索キーワードの分析、コンテンツの最適化提案など
- 効果測定の自動化: Webサイトのアクセス解析、コンバージョン分析、改善提案など
ただし、忘れてはいけないのは、AIはあくまで「道具」だということです。最終的な判断は人間が行い、その企業らしさや地域性、顧客の感情に寄り添うメッセージは、人間の感性でしか作れません。
まとめ:AI時代だからこそ輝く、地方企業の可能性
AI技術の進歩により、マーケティングの手法は日々進化していますが、人間の「心」を動かすという根本的な目的は変わりません。『ポジショニング戦略』は、その不変の原理を教えてくれる、AI時代のビジネスパーソンにとって必読の書です。
【実体験】地方企業の無限の可能性
私がこれまでお手伝いしてきた地方企業の多くは、最初は「うちのような小さな会社には無理だ」と言っていました。しかし、ポジショニング戦略を実践することで、多くの企業が「地域ナンバーワン」の地位を築いています。
大切なのは、「小さいから無理」と諦めるのではなく、「小さいからこそできること」を見つけることです。大企業にはできない、きめ細かいサービス、地域密着の強み、専門性の高さ──これらは地方企業だからこそ発揮できる価値です。
AI時代になっても、いや、AI時代だからこそ、地方企業の可能性は無限大です。あなたの会社も、必ず「一番」になれる場所があります。
地方企業がAI時代に勝つための道筋をもう一度まとめます。
- 自社の本当の強みを発見する – 表面的な機能ではなく、顧客が選ぶ根本的な理由を探る
- 完璧な顧客を具体的に描く – 全員に好かれようとせず、特定の層に深く刺さるメッセージを作る
- Webサイトで一番を宣言する – 5秒で伝わる明確なポジショニングメッセージを発信する
- AIを賢く活用する – 人間の思考を拡張するツールとして、効率的に戦略を実行する
AIに仕事を奪われることを恐れるのではなく、AIを味方につけて「人間にしかできない価値」を最大化する。これが、AI時代を生き抜く地方企業の戦略です。
あなたの会社は、誰の心の中に「一番」として記憶されますか?その答えを見つけ、Web戦略で力強く発信していきましょう。きっと、今まで気づかなかった大きな可能性が見えてくるはずです。